漫画 日本の古典 読了

孫に買ってやった全32巻、暇ひまに読んで漸く読み終えました。日本の古典文学を時代順にさらっと眺めた程度ですが、いろいろ気づくことがありました。一番何故と思ったのは日本が近代化するまで国民の大多数は農民だったのに、農民、農村を題材にした物が一つも無いことです。町民と言われる人々は江戸時代のものには書かれていますが。そこで私が思ったのは文字を持てた人々と持てなかった人々との違いかなということでした。古事記などは、天皇に近い特権階級の人の手になるものでしょうし、平安時代のものも貴族階級の人が著したものです。でも、女性の書いた物がいくつもあるのは素晴らしいことだと思います。そこにも農村農民は出てきません。武士の時代になるといよいよ軍記物ばかりになり、女性の作者も見当たらなくなります。ただお伽話には庶民、女子供がでてきます。そして、江戸時代になってやっと町民が主人公の話が書かれます。してみると、自分たちの生活、歴史、考え方などを記憶しておくためにはその道具となる文字を持っていることがいかに大切かということがわかります。江戸時代には寺子屋という教育システムが作られたようですが、それとても町民の子弟に施されたとあります。全国の子供に教育が行われるのは明治時代に入ってからなのです。

 今、こうして日々の出来事や思いを駄文に書いておけるのも、私が文字を授けてもらえた賜物なのですね。

 明治以降200年足らずで、これほどまでに文化文明が発達したのは、国民みんなが等しく文字を共有できたからなのではないかと強く思ったことでした。

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